有事の時代の「道徳再武装」
Moral Re-Armamentの日本語訳「道徳再武装」、特に「再武装」は、戦後復興後の高度経済成長期には、大げさに響き、一般の人々にはとっつきにくいと感じられました。法人認可された2つの団体の名称にもMRAという英語が使われました。財団法人MRAハウスと社団法人国際MRA日本協会でした。
2001年に「Moral Re-Armament」が「Initiatives of Change(IC)」に変更されたのは、「re-armament」という言葉が英語圏でも以前ほどは受け入れにくくなったからと聞いています。実際MRAという用語は常に説明を要しました。「1930年代、第二次世界大戦に向けて各国が軍事的再武装を進めていた時期に、MRAの創始者フランク・ブッフマンが『道徳的・精神的再武装』の必要を訴えた言葉です」と。
今、世界はコロナやウクライナ、ガザでの戦争など、再び有事と危険な時代に突入しています。軍事的な再武装に代わる「道徳再武装」が世界で再び受け入れられ、理解される時代になったのではないでしょうか?
主に持病のある人や高齢者にとっての脅威とされた感染症は、コロナの蔓延によって「自分の問題」となりました。ウクライナやガザでの戦争は、もはや「遠い戦争」ではなく、「明日は我が身の戦争」となっています。
平時の道徳的再武装
日本は「平時」が数十年も続いた世界でも稀な国です。MRAは戦後、日本が平時を迎えるために貢献しました。平和条約の締結、アジアや米国との和解、労使関係の改善、貿易摩擦への対応などです。しかしこの間、IC/MRAの平時における影響力は低下しました。
他方、相馬雪香さんが設立した「難民を助ける会」や、MRAに共鳴したパナソニックやキヤノンなどの企業経営者による「コー円卓会議」は、特筆すべき貢献を果たしました。また、渋沢雅英さんが担った小田原のMRAアジアセンターは、外国語学校や東南アジアとの知的交流などの事業を展開しました。これらの例は、時宜を得たプロジェクトは平時でも効果的であることを示しています。
新・平和への課題
2023年7月、アントニオ・グテーレス国連事務総長は「新・平和への課題」を提唱しました。元祖の「平和への課題(AFP)」は、1992年にブートロス・ブートロス=ガリ国連事務総長によって、冷戦終結後の異なる人種や宗教間の地域紛争に対処するために提唱されました。これは予防外交、平和構築、平和維持を目指したものです。
新・和解への課題
1996年、私は「和解への課題(AfR)」をスイス・コーのMRA会議で創設しました。これは、自分自身を変えることによる和解と、内なる道徳再武装こそが平和の前提条件であるという理念に基づくものです。AfRは現在も、アフリカやパレスチナ人とイスラエル人の間での、体験共有と訓練を行う「安全なスペース」を提供しています。
ICのTrust Building Program(信頼醸成プログラム)は、フェッツァー財団から寛大な資金援助を受けて、約10カ国で和解と訓練のプログラムを開催しています。1990年代以降スイス・コーの会議には、中・東欧諸国から多くの人々が参加しています。これらの国々は有事から民主化への移行期にあるからです。これらの地域の多くではMRAが、Foundations for Freedom(自由のための基盤)という名前で活動しています。MRAは、こうした状況下における信頼構築や和解活動と認識されているからです。
しかし、冷戦終結後の平時はそう長くは続かず、世界は前述のような有事に突入しました。「新・平和への課題」を支援するために、「道徳再武装を伴う新・和解への課題」が必要です。
市民的・道徳的価値の再武装
エマニュエル・マクロン仏大統領は年末年始の国民向けの演説で、「再武装」という言葉を何度も使いました。
「私たちは、産業、技術、科学の再武装を強化するために行動することを決意します」、「国家と公共サービスの経済的再武装の後に、私たちは市民的再武装を開始しなければなりません」、「危機に直面しており、欧州の主権の再武装を継続します」
私はマクロン大統領の政策を十分に知っているわけではありません。しかし、分裂、不平等、多極化は紛争の種であり、市民的価値と法の支配が再建されなければなりません。道徳的価値観も、これらすべての前提条件として再建されなければなりません。「新・和解への課題」は、「新・平和への課題」を支援するために強い道徳的価値を伴う必要があります。
大統領の新年演説の後、フランスの多くの新聞や雑誌は、マクロン大統領のこの演説とフランスの哲学者ガブリエル・マルセルやMRAとの関係について取り上げています。この「再武装」に関する議論を深めるために、『For A New World(新しい世界のために)』は、現在の世界情勢に適うフランク・ブッフマンのメッセージや、100年近い様々な状況下で彼が担ってきたイニシアティブに関する資料を提供してくれます。また、同じルーツから発展した他の組織団体の活動の資料も提供してくれます。